北野カルチャーとは?

 かつて角田町にあった阪急梅田駅の改札が小松原町に向かっていたため、多くの乗降客が東通りを利用した。現在のように茶屋町側やグランフロント側、大阪駅南側などに大きな賑わいはなく、各線梅田駅南

東、つまり北野エリアだけが繁華街だった。そこには人が集まることで、多くの文化が生まれていった。


 生物群集の生息空間を示す言葉「ビオトープ」のように、「楽しい」、「心地いい」を求めて文化は飛び火していく。生まれては消え、消えては生まれ、ほかの土地では類をみない生態系をつくる。ここではそんな、北野カルチャーの生息地を追いかけてみたい。


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